【イベントレポ―ト】ライフサイエンス研究のダイバーシティ ―多面的な研究、多様なキャリアパス、多彩な研究者―

2024.10.6

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【イベントレポ―ト】ライフサイエンス研究のダイバーシティ ―多面的な研究、多様なキャリアパス、多彩な研究者―

「ライフサイエンス研究のダイバーシティ ―多面的な研究、多様なキャリアパス、多彩な研究者―)」は、一般社団法人ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン(LINK-J)と、東京大学多様性包摂共創センター(IncluDE)及び産学協創本部の3者の共催で、さまざまなバックグラウンドを持つ女性研究者にお話を伺う機会を作り、東京大学におけるライフサイエンス研究の幅広さを目的として開催されたイベントです。本イベントはZoomを活用の上、対面でも遠隔でも参加可能なハイブリッド方式にて実施されました。

リポート/学生ライター  杉美憂(理学部生物化学科4年)

当日のスケジュール

  • 1 開会挨拶 (曽山 明彦氏 LINK-J常務理事)
  • 2 東京大学 ダイバーシティーへの取組み(吉江 尚子先生 東京大学副学長・生産技術研究所教授)
  • 3 研究者人生の折り返し地点で考える、これまでとこれから(小林 奈通子先生 東京大学大学院農学生命科学研究科准教授)
  • 4 分野と国を旅するキャリアパス (杉原 加織先生 東京大学生産技術研究所 准教授)
  • 5 ナノ粒子を使って認知症に挑む〜治らない病気を、治る病気に(中村 乃理子先生 東京大学 大学院工学系研究科 助教)
  • 6 企業での創薬研究や働き方について(藤井 佑紀氏 武田薬品工業株式会社 リサーチ ニューロサイエンス創薬ユニット 主席研究員)
  • 7 パネルディスカッション(モデレーター:吉江 尚子先生、パネリスト:ご登壇の先生方)
  • 8 ネットワーキング (※現地のみ)

東京大学 ダイバーシティーへの取組み(吉江 尚子先生 東京大学副学長・生産技術研究所教授)

LINK-J常務理事の曽山 明彦氏より挨拶があったあと、1人目のご登壇者として、吉江尚子先生による講演がありました。吉江先生は自己紹介とともにIncluDEと「UTokyo 男女⁺協働改革 #WeChange」事業における東京大学のダイバーシティーへの取り組みを紹介した後、今年の5月に行われた「#言葉の逆風」プロジェクトについて紹介しました。

まず、「なぜ東京大学には女性が少ないのか?」と書かれたポスターを学内に貼り、1ヶ月後に「答え」の発信として、アンケートで集められた実体験に基づく言葉を提示しました。このプロジェクトは東京大学の中で行われたプロジェクトにも関わらず幅広い共感を集め、メディアに取り上げられ大きな反響がありました。

また、産学協創推進本部が毎年作成する東京大学知的財産報告書においては、女性研究者の活躍を紹介するページを設けるようにしています。東京大学が発表している発明届数において女性研究者を含むものは約15%となっています。

研究者人生の折り返し地点で考える、これまでとこれから(小林 奈通子先生 東京大学大学院農学生命科学研究科准教授)

2人目に、​東京大学大学院農学生命科学研究科准教授の小林奈通子先生がご登壇されました。小林先生は、講義と学生実験を担当しており、また、放射線の管理の仕事も行っています。

小林先生は学生の頃からマグネシウムに注目しており、成長に必須なマグネシウムの植物における含量に影響する液胞局在タンパク質の解析を進めています。また、塩害で作物生産性低下する問題に対するアプローチとして、植物の耐塩性を向上させるために、sos1という根からナトリウムを排出する輸送体を根のさまざまな組織で発現させて「適所」を探る研究も行っています。植物は葉から根にナトリウムを戻す作用を持っており、放射性ナトリウムを用いた追跡が行われています。

小林先生は、理科二類に進学し、東京大学で博士号を取りました。博士課程に進学してから博士号を取るまで、結婚と出産をしたため時間がかかったそうです。

女性がキャリア形成の上で立ち憚る“言葉の逆風“はなく、ご実家も子育てに協力的だったものの、学位取得に必要な実験を継続するためで精一杯で助教になるために必要な業績が足りないという問題がありました。しかし、研究室の配慮で、主担当者がいないプロジェクトを任せてもらい、論文を出すことができました。

助教就任後も研究費がなかなか取れず苦労したものの、研究員時代にベルギーとの間にできていたわずかなつながりが研究費獲得につながったそうです。

最後にまとめとして、小林先生から次世代の女性研究者に向けてアドバイスがありました。それはチャンスにyesと言って、研究室や家族からの支援を受けつつ、論文数を増やし、人脈を大切にしてポジションを獲得しようというものでした。

小林先生は、今後学生にいろいろなチャンスを与えるように指導、研究に力を入れていきたいという言葉で講演を締め括られました。

分野と国を旅するキャリアパス(杉原 加織先生 東京大学生産技術研究所 准教授

続いて、東京大学生産技術研究所准教授の、杉原加織先生がご登壇されました。杉原先生は慶應大学で半導体物理の理論の研究をしていましたが、実験をやりたいという思いで東大に来ることになり、スイスで博士課程を4年間、そしてドイツでポスドクを2年、再びスイスに戻り、6年間研究室を運営し、結婚・出産後に、現在のポジションに至りました。

次に、研究について紹介がありました。脂質はレゴのブロックのような部品の一つで、温度やpHを変えて脂質を操ってナノ構造を作り半導体や細胞膜の測定機械に活かすためのバイオエンジニアリングが行われています。

杉原先生は専門を半導体物理からバイオメディカル工学に変えましたが、そこには歴史が長くすでに科学的権威が存在する分野でより高速のパソコンを作るための研究よりも、人間の病気を治す方向性に行きたいというきっかけがありました。しかし、バイオメディカル工学にも物理学者が多くて驚き、学部生に混じって生物の授業を受けるのが大変だったそうです。違う国に行くと、「この大学に行くとステイタスだ、ここに住んでいるからステイタスだ」といった価値観が価値を失い、面白さや優しさ、年収の高さなどuniversalに価値があるものに気がついたといいます。

杉原先生が結婚、出産というライフイベントを通じて、一番苦労したことは、アカデミアにおけるネットワークが弱くなってしまったことでした。最後の締めくくりとして「産前・産後に重要な決断をしない。仕事を辞めない」というメッセージがありました。

ナノ粒子を使って認知症に挑む〜治らない病気を、治る病気(中村 乃理子先生 東京大学 大学院工学系研究科 助教)

続いて、東京大学大学院工学系研究科・助教の、中村乃理子先生がご登壇されました。中村先生は工学部の化学システム工学科を卒業しました。その後はバイオエンジニアリング専攻として東京大学 大学院工学系研究科に携っています。認知症などの中枢神経疾患に向けた薬をいかに脳に届けるかを研究されており、現在は博士号をとってから4年目です。

中村先生は子供の頃、風邪は治るのになぜがんは治らないのか疑問に抱き、大学受験の直前まで医者を志していましたが、理1に進学しました。在学中、教養の講義で医工連携を知り、その中でもドラッグデリバリーによってがんの治療ができるかもしれないということに感銘を受け、止血剤の医療用ハイドロゲルの研究をし、そこで「学際領域でこそ基礎を大切に」という研究に対する姿勢を学んだそうです。

ポスドクのポジションについてから、助教になるまで、とにかく論文を書いていかなければなりませんでした。研究者の能力を評価する客観的指標は論文であるため、いい研究ができていてもその成果が世の中に共有されないままでは意味がないということを身をもって体感したそうです。多様な研究に携わって辛い思いもしながら身につけたことは現在にも役に立っており一生懸命にやって良かったとおっしゃっていました。

現在は合成ナノ粒子から生物学的ナノ粒子へ研究対象を移し、簡単に採取できる腸内細菌由来の細胞外小胞による、早期での認知症の診断をできるのではと昨年からプロジェクトを立ち上げました。

最後に、「自分の心の声を聞く。目の前の優先事項が低いものも真摯に取りくれば周りは見ていてくれる。」というメッセージで講演を締めくくりました。

企業での創薬研究や働き方について(藤井 佑紀氏 武田薬品工業株式会社 リサーチ ニューロサイエンス創薬ユニット 主席研究員)

続いて、武田薬品工業株式会社リサーチニューロサイエンス創薬ユニットで主席研究員を務めている、藤井佑紀さんがご登壇されました。

藤井さんは工学部科学生命工学科で液晶の合成研究をされた後、新領域創生化学科でマウス大脳皮質神経幹細胞におけるニューロン分化能を制御する因子の探索で博士号を取得されました。専門性を社会に還元したいと思いアカデミアに残るのではなく、就職活動をしました。

入社してから六年ほどは精神疾患の創薬研究に関わり、最近は社内初期プログラムのマネジメントや外部案件の探索・評価をしています。藤井さんは、グロービス経営大学院を修了しましたが、それは会社の方針で研究プロジェクトが終了することがあり、どうやって経営判断されているか気になったからだそうです。

企業での創薬研究では、研究・開発・製造・販売など様々な部門が協働して創薬を行なっているため、創薬研究者といえども疾病やマーケティングについても理解する必要があると藤井さんはいいます。

創薬モダリティが多様化しているからこそ、自社だけで完結するのではなく、オープンイノベーションを活用して他社や大学、バイオテックと共同で創薬を進めようとしているとのことでした。

次に、働き方についてご紹介がありました。グローバル化に伴い働き方が多様化しており、フレックスやテレワークを積極的に運用しているそうです。テレワークを活用する社員は約7割だそうで、藤井さんはテレワークをメインに、F2Fの会議がある時に出社し、フレックスを活用して子供のお迎えに行くために早めに仕事を開始し早めに切り上げているとのことでした。

藤井さん曰く、社内のbiologyの部門には女性研究者が多くライフステージに伴う悩みを気軽に相談できる風潮があるそうです。女性比率の向上をはじめとして多様性を受け入れる取り組みに力を入れており、多様性を尊重できるカルチャーになってきている感じられると締め括られました。

パネルディスカッション(モデレーター:吉江 尚子先生、パネリスト:ご登壇の先生方)

最後に、今回登壇した5名の皆様を交えた、全体での質疑応答がありました。各登壇者のご講演中に取り上げられた内容に関する質問から、研究に関わるキャリアへ進むに至った経緯に関する疑問など様々な質疑応答が取り交わせられました。

家事育児はどうやってパートナーとシェアして進めているかという質問では、分担をしてしまうと衝突が起きるため、仕事が佳境ではない方が多めに家事をするという回答がありました。

また、ライフイベントと研究を両立する上で役に立った支援として、ライフイベントでキャリアに中断があった人専用の支援制度が上がり、家族で支え合って困難な時には助け合うのがパートナーと自分、お互いのライフを充実することになるのではないかという提言がありました。