【イベントレポート】国際シンポジウム「ニューロダイバーシティの源流と展開」

2024.12.11

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【イベントレポート】国際シンポジウム「ニューロダイバーシティの源流と展開」

2024年9月16日(月・祝) 14:00-18:00、東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野と東京大学多様性包摂共創センターの共催で、国際シンポジウム「ニューロダイバーシティの源流と展開」がハイブリッド開催されました。

IncluDE副センター長 熊谷晋一郎

シンポジウムの趣旨と概要

1990年代以降に生まれたオンラインコミュニティのなかで、複数の自閉の人たちによって産み出された「ニューロダイバーシティ(神経多様性)」という概念は、日本でも徐々に知られるようになってきています。この概念は、神経学的な多数派(neurotypical)向けにデザインされた社会への一方向的な適応を強いるパラダイムを批判する、自己権利擁護という文脈のなかで誕生しました。

しかし近年、この言葉が、埋もれている異能人材(Human Resource)を表象するものとして使用されることが増え、その背景にあった人権(Human Rights)の視点が後景に退きがちです。

こうした問題意識に基づき、2024年9月16日(月・祝) 14:00-18:00、東京大学先端科学技術研究センター当事者研究分野と東京大学多様性包摂共創センターの共催で、国際シンポジウム「ニューロダイバーシティの源流と展開」がハイブリッド開催されました。

当日は、日本語(手話・文字による情報保障あり)に加え、英語と韓国語の同時通訳が提供されました。また、カームダウンルームを設置し、拍手は、聴覚過敏のある参加者への配慮として海外ではよく採用されている、ろう者コミュニティと同じ手をヒラヒラするスタイルで行うよう、会の冒頭でアナウンスをしました。

(会場の様子。前方のスクリーンには、スライド資料と、日本語文字通訳が表示されている。観覧席からみてその左側には、手話通訳と、元の言語での字幕が提起されている。来場者には、日本語、英語、韓国語を選択できる同時通訳レシーバーが配付されている。)

(受付の様子。透明のスクリーンに、自動音声認識されたテキストが表示されている。)

当日の対面参加者は54名、オンライン参加者は190名で、計244名がシンポジウムに参加しました。その内訳は、当事者126名、教育関係者64名、行政関係者8名、企業関係者27名、研究者56名、医療関係者47名、支援者・支援団体関係者51名でした。

本シンポジウムは三部構成で行われました。第一部では、フィンランド、英国、韓国、チリ、日本から、ニューロダイバーシティ運動や参加型自閉症研究/自閉症当事者研究の実践家を招き、ニューロダイバーシティという言葉が生まれた背景と、その後の運動や研究の展開を概観しました。

そして第二部では、日本の福祉、建築・都市計画、教育、企業、医療といったさまざまな領域において、ニューロダイバーシティの概念がどのように受容され、実践されているかについて、紹介をしていただきました。

それらを踏まえて第三部では、今後取り組むべき課題について、全体討論を行いました。

以下、その詳細について報告します。

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開会のあいさつ

 開会のあいさつは、東京大学大学院医学系研究科の笠井清登さんが行いました。

 笠井さんは統合失調症の研究を重ねてきた研究者であり、同時に臨床に携わる精神科医として、近年の研究により、神経学的多数派に合わせてデザインされた社会や、そこに蔓延する神経学的少数派に対するスティグマが、彼らの苦悩を引き起こしているかが明らかになっていること、そして、神経学的な多様性に良し悪しの序列はなく、多数派向けの社会との相互作用で少数派の不利益が生じるというニューロダイバーシティの考え方が、当事者の集合的歴史踏まえるならば極めて正確に現実を描写していることなど、精神医学の領域においても障害の社会モデルの観点を踏まえることの重要性を説明されました。

 また、自立、リカバリー、そしてニューロダイバーシティなど、当事者が、歴史的トラウマを負うような切実な状況のなかで産み出してきた言葉の数々が、脱文脈化され、マジョリティの価値観に沿うように意味を変容させられてきた歴史を振り返りつつ、当事者によってニューロダイバーシティという言葉が産み出された歴史をたどる本シンポジウムのような作業こそが、コ・プロダクションを形骸化させないために必須であると、力強く会の趣旨を説明しました。

(笠井清登さん)

第一部

 続く第一部では、5名の自閉の活動家や研究者が登壇し、1990年代以降に国際的な広がりを見せた当事者活動の一端を知ることが出来ました。

 イギリスのマータイン・デッカー(Martijn Dekker)さんは、1990年代に、自閉の人々のための最初のグローバル・オンライン・コミュニティのひとつであるIndependent Living on the Autistic Spectrum(InLv)を設立しましたが、そこでニューロダイバーシティという概念が生まれました。またデッカーさんは、オフラインの自閉空間(Autospace)として毎年開催されているオートスケープ(Autoscape)という催しの主催であるAutscape Organisationの議長を長年務め、現在は副議長を務めています。

 デッカーさんの発表からは、神経多数派向けにデザインされたコミュニケーション様式が蔓延する社会のなかに、こうしたオンラインとオフラインの自閉空間を立ち上げ、そこでニューロダイバーシティという言葉が生まれたということ、そして、そうした空間では当事者同士の共感や助け合いが発生し、結果として、コミュニケーションや共感性の障害という、専門家によって記述されてきた不名誉な自閉のステレオタイプをうち壊しつつあることを知りました。

 また、「生産性は人々に奉仕すべきものであって、その逆ではない」というデッカーさんのコメントは、ニューロダイバーシティが人権思想ではなく経済合理性と関連付けられがちな日本の言説に対して、とても重要な問題を提起してくれました。

(マータイン・デッカーさん)

 また、ヘタ・プッキ(Heta Pukki)さんは、ヘルシンキ大学で生物学の修士号、バーミンガム大学で教育学の修士号を取得したあと、エンパワーメントに焦点を当てた自閉の成人の支援を専門としています。また、Erasmus+プロジェクト「Digital for All」のプロジェクトコーディネーターとして障害者向けのデジタルスキル教育を推進するとともに、NGO Autistic Spectrum Finlandの理事長、欧州自閉症者協議会(EuCAP)の会長を務め、欧州全域の自閉の人々の権利擁護活動をしています。さらに、自閉の本人の視点から、自閉研究に対して提言を行う国際的なネットワークであるGlobal Autistic Task Force on Autism Research(GATFAR)を率いています。

 プッキさんからは、自閉当事者の間でも障害やニューロダイバーシティという言葉の解釈は様々であり、EuCAPでは分断ではなく連帯を目指して、ヨーロッパ17か国の当事者グループ間での一年半にわたる粘り強い対話によって皆が受け入れられる規約を作成したことを紹介いただきました。

 また、自閉研究のコ・プロダクションが形骸化しないためには、研究者コミュニティはバラバラの当事者個人のみではなく、価値や言葉、歴史を緩やかに共有する当事者コミュニティと協働することが重要であり、GATFARはそうしたコミュニティを目指して設立されたことを知りました。

 この二つのグループの実践から、私たちはDEIの実現やコ・プロダクションに不可欠な民主的な手続きについての示唆をいただきました。

(ヘタ・プッキさん)

 綾屋紗月さんは、東京大学先端科学技術研究センターの特任准教授であり、2011年に神経学的な少数派(neurodivergent)による当事者研究会「おとえもじて」を設立しました。自閉の人々とマジョリティとの相互作用に焦点を当てた研究を行っています。

 綾屋さんは、日本で独自に発展してきた参加型研究である当事者研究と、日本で活発に展開している自閉研究のコ・プロダクションの組み合わせが、自閉をめぐる認識的不正義の是正をもたらすこと、そしてその両輪が、社会的包摂と自閉研究の両方に貢献するというビジョンを、豊富な事例とともに紹介してくれました。

(綾屋紗月さん)

 尹恩鎬さんは、仁川国立大学日本学研究所の上級研究員で、日本の文化、特にアニメ、ウェブ小説、オタク文化、コンテンツツーリズムの研究に従事してきました。また、2019年から2022年まで仁荷大学の客員教授として文化コンテンツやメディア研究の教育に携わると共に、ジャーナリストや研究員としても活動してきました。

 尹さんは、韓国の自己権利擁護運動や当事者による政策的アクションを紹介するとともに、精神医学や教育学からのアプローチだけでなく、日本のウェブカルチャーや漫画、コスプレ系イベントなどがもつ自閉空間としての価値についての文化研究の重要性を指摘し、韓日の自閉当事者の連帯を展望してくださいました。

(尹恩鎬さん)

 フランシスコ・ピサーロ・オリバーレス(Francisco Pizarro Olivares)さんは臨床神経心理学者で、成人および高齢者の神経心理学的評価を専門とし、チリ・カトリック大学(CEDETi UC)およびディエゴ・ポルタレス大学(CENHN UDP)で講師および学術コーディネーターを務めています。また、チリ臨床神経心理学会の創設メンバーの一人でもあります。

 ピサーロさんは、2006年に高校生が始めたペンギン革命に端を発するチリの学生たちの活発なアクティビズムが、2020年代の新憲法案起草に結実し、その第19条に「神経多様性者の権利」が盛り込まれたものの、僅差で否決されたこと、しかしこうした運動が2023年の「自閉スペクトラム法」成立につながったことを紹介するとともに、神経心理学と当事者研究との協働の可能性を展望してくださいました。

(フランシスコ・ピサーロ・オリバーレスさん)

第二部

 第二部では、日本における発達障害のある人々の現状と課題、ニューロダイバーシティという概念が与えつつある影響について紹介されました。

 日詰正文さんは、日本発達障害ネットワーク副理事長・事務局長、国立重度知的障害者総合施設のぞみの園研究部長で、言語聴覚士です。厚生労働省の発達障害対策専門官などの経験もあり、日本の発達障害支援の現場と政策について、その歴史的変遷も含めてよく知る方です。

 日詰さんは制度史や疫学的データとともに、障害者と自認しがたい発達障害のある高齢者の現状、自然災害に際してのインクルーシブな避難計画、公的施設のカームダウン室設置、インクルーシブなコロナ対策と医療を模索する取り組みを紹介くださいました。

(日詰正文さん)

 丹羽菜生さんは、一級建築士、工学博士で、バリアフリー住宅の設計事務所であるBASSTRONAUTICS ADMINISTRATIONを主宰するとともに、中央大学の准教授としてユニバーサルデザインやインクルーシブデザインの研究を行うとともに、2022年から、日本航空や羽田空港と協力して、気づかれにくい障害者などのための搭乗体験会を実施しています。

 丹羽さんからは、クワイエット・アワーやセンサリー・マップなど、世界の都市で行われている感覚的な多様性をもつ人々の包摂を目指す取り組みや、綾屋さんとの協働による羽田空港の調査をはじめ空港や航空機のユニバーサルデザインの取り組みが紹介されました。

(丹羽菜生さん)

 竹内健太さんは、参議院文教科学委員会調査室の調査員として、立法の立場からとくにインクルーシブ教育の実現に向けて取り組み、特別支援教育の現状と課題やインクルーシブ教育の実現に向けた日本の特別支援教育の現状に関する論文を出版してきました。

 竹内さんは、重度障害のある議員の存在により参議院のバリアフリー化が進んでいることに触れたあとに、国連からも指摘された日本の初等中等教育における分離政策や、通常級における不十分な配慮、教員不足という構造的問題について、データに基づいた説得力のある現状把握と分析をしてくださいました。

 安井直子さんは、三井化学株式会社人事部DE&Iグループのグループリーダーで、企業における発達障害者雇用の実践を紹介してくださいました。

 とくに職務を限定しないオープン・ポジション採用とインキュベーション期間により、異能人材など、障害種別ごとのステレオタイプにとらわれないマッチングが行われるとともに、日誌と社内外での相談支援による困り事の共有と対応、環境改善、フェアな評価により、ほとんどの方々が無期雇用に移行していることが報告されました。

(安井直子さん)

 内山登紀夫さんは児童精神科医であり、よこはま発達グループCEO、福島学院大学副学長、親と子のサポートセンターふくしまセンター長をつとめておられます。

 内山さんは日本とイギリスの各省庁におけるニューロダイバーシティ概念の受容の比較に基づき、日本では主に経済産業省によって、イギリスでは司法省、運輸省、保険福祉省、教育省でこの言葉が参照されており、デッカーさんが指摘しているように、日本では生産性向上を目的とし、人を手段的な人材とみなすパラダイムでこの言葉が使われている傾向を指摘いただきました。

(内山登紀夫さん)

第三部

 第三部では、パネルディスカッションが行われました。

 まず最初に東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎さんが、「自閉空間と自閉的認識論的コミュニティ」「手段としての生産性と人権モデル」「民主主義的なプロセス」「コ・プロダクシヨン」「日本の実態」という5つのテーマに分けて、各登壇者の講演を簡単に振り返ったのちに、シンポジウム同士の議論を行いました。

 とくに、男女共同参画の歴史のなかで、「女性活用ではなく女性活躍」という標語が女性たちから提案されたことに触れ、今、ニューロダイバーシティにおいて留意しなくてはならないのも同様の事態ではないかというコメントは、大変重要なものだと感じられました。

 フロアとのディスカッションでは、社会を変えるために立法に働きかけを行うにはどのようにしたらよいかという議論や、ニューロダイバーシティについてのナラティブは解釈的不正義を是正し、科学的な研究は証言的不正義を是正しうるという点で、ナラティブと科学は認識的不正義を是正する補完的なアプローチではないかという議論など、今後の方向性を指し示すやり取りが行われました。

閉会のあいさつ

 最後に、東京大学多様性包摂共創センターのセンター長である伊藤たかねさんから閉会のあいさつがありました。

 伊藤さんは、Nothing about us, without us!を合言葉に、ジェンダー、SOGI、障害などの面で多様性を持つ構成員が公平に包摂されるキャンパスと社会を実現することを目的に、今年の4月に設立したばかりの同センターにとって、神経多様性はますます重要なものとして認識されているけれども、日本では未だに非当事者の立場から発信する言説が目立っており、それに比べると、センターの指針とすべき当事者の集合的な「声」が十分に聞き届けられてこなかったと述べました。

 また、重要なのは、ここから始まる当事者の国際的な連帯と、形骸化しない政策・サービス・研究等のコ・プロダクションという具体的なアクションであると述べた上で、神経多様性が包摂される社会の実現に向けた連帯の意思を表明されました。

おわりに

 約30年の歴史的文脈が忘れ去られ、独自の意味内容が付与されつつ人口に膾炙されるようになってきたニューロダイバーシティ。このタイミングで、概念の誕生と普及の歴史に当事者として関わってきた自閉の方々を招き、声を聞くことができたことには、大きな意義がありました。

 伊藤さんが指摘したように、日本では当事者よりも、支援者や家族の声が法律や政策に反映されやすい傾向があります。自己権利擁護運動さえも、非当事者の支援者が当事者に自己権利擁護の練習を促すといった実践が散見されます。こうした現状を変えていくためには、認識的不正義を是正する上で不可欠な、マイノリティに独自の経験やニーズを表現する当事者コミュニティが変革の主役となる必要があるでしょう。

 このシンポジウムをきっかけに、神経多様性の分野でも、当事者同士の国際連携が進み、アカデミア、企業、立法、行政などのなかにアライの輪が広がっていくことを願っています。