【イベントレポ―ト】Blend & IncluDE若手研究ワークショップ「IncluDEな研究って? – 性差分析で研究をアップデートしよう!」

2024.12.9

  • News
  • # ジェンダー・エクイティ
【イベントレポ―ト】Blend & IncluDE若手研究ワークショップ「IncluDEな研究って? –  性差分析で研究をアップデートしよう!」

「IncluDEな研究って? – 性差分析で研究をアップデートしよう!」は、Gendered Innovations Initiative Blendと、東京大学多様性包摂共創センター(IncluDE)の共催で開催した若手研究者向けのワークショップです。2024年11月22日、ジェンダード・イノベーションの第一人者として知られるスタンフォード大学教授であるLonda Schiebinger(ロンダ・シービンガー)先生をお招きし、実践的に性差分析の観点を研究に取り入れる方法について考えました。メインセッションでは、東京大学の学生3名(睡眠、嗅覚、3次元培養)の研究内容に対して、ロンダ・シービンガー先生から性差分析の観点でフィードバックをいただき、ディスカッションを行いました。本イベントは登壇者とロンダ・シービンガー先生との掛け合いの臨場感を感じていただくため、東京大学本郷キャンパス教育学部棟にて対面で実施されました。

Blend 運営メンバー
 石戸谷由梨(お茶の水女子大学理学部)
 城口薫(総合文化研究科)
 江連千佳(学際情報学府)

イベント概要

日時: 2024年11月22日(金曜日)10:00-12:00
場所: 東京大学本郷キャンパス教育学部棟
参加対象: 性差分析や研究のブラッシュアップに関心のある全ての方
使用言語: 日/英 通訳あり
情報保障: UDトーク
共催: 東京大学多様性包括共創センターIncluDE / Gendered Innovations Initiative Blend

タイムスケジュール

10:00-10:10 オープニング(佐々木成江 先生 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻特任准教授)
10:10-10:20 アルツハイマー病モデルマウスにおける嗅覚感受性の変化(安達祐太 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻)
10:20-10:30 マイクロ流体デバイスを用いたカプセル内での小型均一な脂肪細胞スフェロイドの大量作製(前川瑠里 東京大学総合文化研究科 修士2年)
10:30-10:40 睡眠研究における新たな脊椎動物モデルとしてのベタ(千葉隆之介 東京大学大学院生物科学専攻 )
10:40-11:00 フィードバックセッション(ロンダ・シービンガー先生)
11:00-11:10 質疑応答
11:10-11:15 クロージング(隠岐さや香先生 東京大学大学院教育学研究科教授)
11:15-11:20 Blendよりお知らせ
11:20-12:00 交流

オープニング(佐々木成江先生 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻特任准教授)

オープニングでは、佐々木成江先生が今回のテーマ「ジェンダード・イノベーション」とイベント開催の背景についてご講演いただきました。生物学的な性別と社会学的な性別の違いといった基本的な内容から、様々な分野におけるジェンダード・イノベーションの研究事例まで、幅広い視点での解説をいただきました。

アルツハイマー病モデルマウスにおける嗅覚感受性の変化(安達祐太 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻)

安達さんが所属する竹内研究室では、マウスの嗅覚系をモデルに、嗅覚を使った神経疾患の予防や治療法について研究されています。

安達さん自身の研究では、アルツハイマー病の初期症状として知られる嗅覚障害の原因を解明し、アルツハイマー病の初期段階で嗅覚を使った診断方法を確立することを目指しています。

アルツハイマー病(AD)は、記憶喪失や認知機能の低下、行動や性格の変化を引き起こす進行性の神経変性疾患です。ADの特徴的な症状は、脳に異常なタンパク質(アミロイドプラークなど)が蓄積し、それが正常な脳の働きを妨げ、最終的に神経細胞が死んでしまうことです。アミロイドβという物質は嗅覚の経路にも蓄積され、嗅覚の異常が認知症の症状よりも先に現れることがわかっています。しかし、AD患者の特定の段階で多数の匂いテストを行うことは難しいのが現状です。安達さんの研究では、ADのマウスモデルを使い、複数の匂いを使って嗅覚の異常を調べることを目指しています。

マイクロ流体デバイスを用いたカプセル内での小型均一な脂肪細胞スフェロイドの大量作製(前川瑠里 東京大学総合文化研究科 修士2年)

前川さんはジョージア工科大学で人工肺の研究をきっかけに3次元培養モデルに興味を持ち、現在はバイオデジタルツインの構築に向けた技術開発に取り組んでいます。

スフェロイドとは、細胞が球状に集まった3D構造で、体内の細胞の働きを再現しやすいため、薬の研究に重要です。特に脂肪細胞を用いたスフェロイドは肥満の研究で注目され、治療薬の開発やストレス応答の解析に役立ちます。肥満は10億人以上に影響を与える大きな課題です。

しかし、小さく均一なスフェロイドを大量に作るのは難しく、前川さんは直径100マイクロメートル以下のスフェロイドを効率的に作る新しい方法を開発しました。これにより、研究のコスト削減や信頼性向上が期待されています。

睡眠研究における新たな脊椎動物モデルとしてのベタ(千葉隆之介 東京大学大学院生物科学専攻 )

千葉さんは、淡水魚であるベタを使用し、ユニークな繁殖や睡眠状態を持つこの魚をモデルとして、睡眠に関する研究を行っています。ベタの性決定には複数の遺伝子が関与している可能性があり、その特性が研究の新たな視点を提供しています。

睡眠は動物全般で観察される重要な行動でありながら、その仕組みや役割には多くの謎が残されています。硬骨魚類の脳は、構造がシンプルで、脊椎動物の祖先的特徴を持つため、睡眠の本質的な重要性や進化を研究するモデルとして適していると考えられます。

千葉さんは、熱帯魚のベタが明確な睡眠パターンを示すことを発見し、新たな知見の探求に取り組んでいます。

フィードバックセッション(ロンダ・シービンガー先生)

フィードバックセッションでは、「ジェンダード・イノベーション」に関するスタンフォード大学のウェブサイトを使用しながら、シービンガー先生から「生物学性差や社会的性差の視点」を研究にどう取り入れるか、さらに「交差性分析の重要性」についてレクチャーやアドバイスをしてくださいました。また、発表者3人のそれぞれの研究に対しても、ジェンダード・イノベーションの視点から研究をアップデートする具体的な方法を提案していただきました。

また、「オスのマウスを使った後にメスのマウスを追加すればいいのか、それとも最初からオスとメスの両方を使うべきなのか」という質問に対して、シービンガー先生は「初めから両方の性別を扱う前提で研究を設計すべきです。メスを後から加えるというアプローチはジェンダード・イノベーションの考え方にはそぐいません。しかし、基礎的でありつつもこの視点がまだ十分に認知されていないのが現状です」とコメントされました。

オス/メスだけに限定した分析ではなく、年齢、身体の大きさ、人種や民族、地理的な状況や環境的特徴など、多様な要素を適切に考慮し交差な分析を行う必要性についても言及しました。今まで交差分析の多くは歴史学や社会学の分野で行われている質的調査が中心になっていますが、今後、数的データを用いた交差分析を通して年齢や性別の交差点を見つけ出すことでモデル化できる可能性があります。

また、性差分析や交差性分析を行った際に、差がみられないという結果が得られた際でも公表していくことが、この分野を発展させていく上で大切なステップであり研究の一部であることも強調しました。シービンガー先生からの指摘は、性差や交差性の視点を研究に組み込むことの重要性を改めて認識させるものであり、その理解や手法の認知を広めることが今後の課題であると感じました。

発表者や参加者からも積極的に質問があり、非常に熱のこもったディスカッションの場となりました。

クロージング(隠岐さや香先生 東京大学大学院教育学研究科教授)

閉会の挨拶は、今回の共催団体である東京大学多様性包括共創センターIncluDEの窓口として、イベントの企画段階からご尽力いただいた隠岐先生にお願いしました。隠岐先生からは、人間以外の動物も社会行動があり、従ってGender(社会的性別)を考えうるのは興味深いとした上で、「どこからがSex(生物学的性別)で、どこからがGender(社会的性別)なのか」といった、新たな問いに気づく機会があったことが共有されました。

ーーー

ロンダ・シービンガー先生について

Londa Schiebinger(ロンダ・シービンガー)

スタンフォード大学歴史学科ジョン・L・ハインズ科学史教授。「科学、保健・医学、工学、環境学分野におけるジェンダード・イノベーション」プロジェクト創始者。「科学と技術におけるジェンダー」研究の国際的な先駆者であり、国連、欧州議会、多くの研究助成機関で講演活動を展開しています。ハーバード大学で博士号を取得。アメリカ芸術科学アカデミー会員。ドイツのアレクザンダー・フォン・フンボルト財団フンボルト研究賞、米国のグッゲンハイム・フェローシップなど栄誉ある賞を多数受賞。2018年にスペインのバレンシア大学、2017年にスウェーデンのルンド大学、2013年にベルギーのブリュッセル自由大学から名誉博士号を授与されています。

ジェンダード・イノベーションについて

生物学的・社会的な性差を考慮した分析(交差分析)や性自認、年齢、障がい、人種、民族、地域性、経済的状況などの交差性を考慮した分析(交差性分析)を研究や開発のデザインに組み入れることで、新しい発見や技術革新につなげていこうという取り組みです。しかし、日本ではまだ認知度が高くなく、「興味はあるけれど、どうやってジェンダード・イノベーションの観点を取り入れたらいいかわからない」という声も多く聞かれます。